"" 私こういうお店はじめて""
はじめてなわけがない。数多くのハイステータス男子が君を連れてきただろうに。その連れていってもらった全てのお店と何が違うのか検討し是非レポートを提出してほしい。
と、言いたいところだがこのお店はやっぱりひと味違う。確かに、その雰囲気は一目置かれる存在である。
""ありがとう。普段はもっと混んでるんだけど、今日は雨だからね""
""雨って本当に嫌になっちゃう。""
""そうだね。でも、雨を待ち望んでいる人だっているんだ""
""そんな人いるの?""
""あー、農家の人とか。傘業界の人とか。彼らにとっては、雨こそいい天気。だから、天気予報士はいい天気というワードを用いないんだ。""
""へーそうなんだね。""
彼女は、興味なさそうにメニューを見ている。
""私、山崎ハイボール12年の方""
と、のたまった。払ってもらって当然と思っているのだろうか。せめて7年のほうにしろよと内心思ってしまった。まだ、一次会のお家計問題をひきずっている。
""僕はミモザをお願いします""
グラスをふいているお兄さんはこちらに目を向けることなく、注文を聞いていた。
薄暗い店内、僕らとカップルが一組だけであった。隣のカップルは完全にじゃれていた。ムツゴロウさんがライオンとじゃれるように。女の子は今夜いつも通り?襲われるのだろう。
""で、結局彼女は何人いたの?""
一次会と同じ質問をしてきた。そして、occkhamは一次会と同じ回答を繰り返す。
""秘密だよ。仲良くなってから。""
""仲良くなったじゃん。どうして教えてくれないの?""
""まだ仲良くなりきってないからだよ。じゃ、代わりにみさとさんのこれまでつき合った人数を当てるね""
""えーどうやって?""
""つき合った人数を頭に想い浮かべて。""
""うんわかった。""
""かける3して(3x)。""
""したよ""
""3たして。(3x+3)""
""したよ""
""9を足して(3x+12)""
""うん""
""つき合った人数をそれに足して(4x+12)""
""うん""
""4で割って(x+3)""
""はい""
""2をひいて(x+1)""
""いくらになった?""
""3になってよ""
""へー。これまでつき合った人数は2人しかいないんだ。""
""えーなんで分かったの。""
彼女が驚いていることよりも、彼女のこれまでにつき合った人数が2人しかいないことのほうが驚きであった。
""もっと多いのかと思ってた。つき合ったら長いタイプなの?""
""そうだよ。大学4年間つき合った彼氏がいて、お互い社会人になって、彼は大阪にいっちゃたから別れたの。その後、合コンで知り合った商社の人と好きでもないのに2年つき合ってて。やっぱり大学の頃につき合ってた彼が好きだったから、大阪に行く度に元カレに会っちゃって。もちろんそれはあんまりよくないことだって分かってたけど、でも会おうって言われるから。。で、そのときに、つき合っていた商社マンの彼が私の携帯を勝手に見て、そのことがばれて。でも、私他人の携帯を見るとか本当に許せなくて。好きじゃなかったし面倒くさかったからそのまま別れちゃった。そしたら、大阪の元カレから結婚しようって。すごい迷っちゃったんだけど、やっぱり縁もゆかりもない大阪に、仕事も友達も家族も捨てて行くのってすごい不安で。踏ん切りがつかなかったっていうか。逆に、その程度でしか好きじゃなかったんだと思うの。それで、そこで縁をきっぱり切ったの。それで今に至るの。""
occkhamはふむふむと聞いていた。そして、こう思った「美人という生き物は人生において得をするのだ」と。このとんでもない話ですら、ハイステータス女子の彼女が言えば、むしろ彼女に対して哀れみさえ感じてしまう。彼女の気持ちになって彼女を味方してしまう。なんということだろうか。世間に五万といる親ばかの気持ちがわかった。可愛いは正義なのである。
しかし、たとえ酔っぱらっていても、いくつものおかしな点をスルーすることはできなかった。何度も何度も脳内で再生して、彼女が放った一言一句を整理していた。そして、一つの結論が出た。
やっぱり彼女はどこかおかしい。
・この女は浮気をしていたことを平然と公言している。
・好きでもない男と二年もつき合った。
・そして、自分の浮気は棚にあげて携帯を見た彼氏を許せないと言っている。
・大阪に行った元カレは結局そこまで好きではなかった。
・そして、このとんでもない話を初対面のocckhamに言う。
まとめるとこんなところだろうか。
ふと、不思議な感覚に襲われた。
さっきまであんだけ可愛いと思っていた彼女が全く可愛く思えなくなっていた。
むしろ、若干の嫌悪感すらあった。もう好きだなんて微塵も思っていなかった。
’冷める’
人生においてこの言葉をこんなにもしっかりと意識できた瞬間はなかった。
次回に続く