""なんだか酔ってきちゃったみたい""
この世の中でこんなにも男性に色々な事を妄想させる言葉はあるだろうか。
確かに彼女の顔は少し赤ら顔である。本物のハイステータス男子は、こういう時なんて答えるのだろうか。occkhamは最適な答えを知らない。
""すいません。お水1つください。""
すかさず店員さんを呼んだ。ちきったわけではない。ちきったわけじゃないんだ、と自分に言い聞かせる。自分がナンパ師だった頃どう対応しただろうかと考えた。思い出すんだ。思い出すんだ・・・・
思い出した。こうするんだった。
そっと、彼女の顔に手をやり冷静な態度でこう言った。にやけそうになるのを必至にこらえながら。
""本当だ。顔熱いね。""
彼女の目は一層とろんとした。その上目遣いは、数多くのハイステータス男子を射止めてきたのだろう。にやけてふにゃふにゃになりそうな頬をもう一度固定させた。必殺のピントボヤけ作戦でなんとかその場をしのいだ。
""occkhamさんも熱いね。""
彼女はそんなocckhamの内なる気持ちを見透かすようにそっと頬に手を置いた。こわばった頬が溶けてしまいそうだった。こんなんキスしてまうやろと思いつつ、目線を天井に移した。オシャレなレストランとはいえ、天井は幾多の配管が無造作にはり巡らされており、保温材が少し出ている箇所があった。そんな現実的な空間を眺めていても、どこか夢見心地な気分であった。
""お冷やお持ちしました。""
飛んで火にいるお邪魔虫。
我々の燃え上がりそうだった花火も、突然の雨によって鎮火してしまった。ただただ言われた通りにお水を持ってきた店員さんにキレるなんて理不尽なのは分かっている。分かってはいるんだが、これが人間だもの。みつを。
""ラストオーダーの時間になりました。お飲み物はいかがでしょうか。""
occkhamは決してお酒が強くない。次飲んだら致死量に達してしまう。
""大丈夫です。""
彼女に目配せをしながら返答した。
""私トイレに行ってくるね""
彼女はそっと席をたち鞄を抱え、トイレのほうに歩いていった。その後ろ姿は妖艶そのものであった。本当にスタイルがいい。彼女が横を通ると心なしか男性達は彼女をチラチラみていた。occkhamはかなり優越感にひたっていた。この誰もが認めるハイステータス美女を手にしようとしていたからだ。occkhamは、店員さんを呼びお会計をお願いした。1万を越える額をカード一括で支払った。サインするときに少しテンパりローマ字でサインしたのは内緒だが。
彼女はバッグを持ちながら帰ってきた。明らかに口紅の色がトイレに行く前よりもはっきりとしていた。気合いを入れ直したのだろう。二次会に行くサインだ。会計は済ませていたので僕も徐に立ち上がり、彼女を連れてレストランの外へ出た。外に出ると、これでもかと言わんばかりの雨が降っていた。僕はとっさに傘を忘れたと嘘をつき、彼女の傘に入った。恵比寿の街でハイステータス女子と相合傘。なんというシチュエーション。ロケーション。ハイテンション。
しかし、何かが違う。この違和感はなんだろうか。
すると、頭の中で音楽が鳴ってきた。あの例のリズムネタである。
出してなーい?出してなーい?♫
会計の時出してなーい?♫
いや、 出してなーい。出してなーい。
全然財布を出してない。♫
変じゃなーい?NO、変じゃなーい。
変じゃなーい?NO、変じゃなーい。
変!変!変!変!変!変!変!変!変!
これが、え、び、すの変♫え、び、すの変♫
え、び、すの変♫ え、び、すの変♫
そうか違和感の正体はこれだったのか。彼女は確かに会計時に財布を出していない。それは当然だ。彼女がトイレにいっている間にこっそり支払ったのだから。しかし、触れるべきなのだ。会計について。'お金いくら出せばいい?'はたまた、'ごちそうさまでした。'、'ありがとうございました。'なんでもいいのである。
これまでの人生を振り返ると、お会計の時に財布を出さなかった女子にろくな奴がいた試しがなかった。それは、本当に諸説あるのだろうが、occkhamにはそういうジンクスがある。そして、決めたのである。そういう子とは二度と会わない。二次会にも行かないと。
この目の前にいる絶世の美女もまた、財布を出さなかった。occkhamは困惑していた。1次会で話している限り性格になんがあったわけではなかった。確かに、髪を頻繁にかきあげる仕草などから相当自分に自信があるのは伺えたが、一方で、仕事にはプライドを持って臨み普段から向上心を持って色々な事に挑戦している子なのだ。
ただのジンクスなのだろうか。考え込んでいるとさとみがかわいらしい声で聞いてきた。
""二次会どこに行くー?""
””行きたいお店があるんだ。少し隠れ家チックなバーで結構混んでる可能性もあるんだけど、今日はこんな雨だからすいているかもしれない””
何を言っているんだ。行く流れになっている。鉄の掟を破ってしまう。仕方がない。
今度こそ飛んで火にいる夏の虫だ
お店に到着した。普段は込み合っている店内はがらんとしていた。何かがやっぱりおかしい。彼女はやけに楽しそうだ。
そんな悪い予感は的中するのである。
次回に続く